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千年一日珈琲焙煎所は茨城県つくば市にあります。自家焙煎の珈琲豆と喫茶、けん玉、本。ときどき展示、ライブ、フィーリングカップル。生活と街角の風景。

〒305-0005 つくば市天久保3-21-3 星谷ビルF・G(行き方)tel 029-875-5092
火・水曜定休 11:00-19:00(sun18:00)

ひかりの国の住人たち

 くさの根カフェ&yuki LIVE!が千年一日にやってきました。

 今回は、つくいちでおなじみのくさの根はりきゅう治療院の小池夫妻の企画でございました。お料理やドリンクは身体の芯から味わうためのメニューで、バリエーションの豊富さやカフェとしての盛況具合はすごかったです。千年一日の時代は終わり、新しいカフェができたかのようでした。今回私はキッチンでちょっとばかしの手伝いをしたくらいで、多くはスタッフの方が主導でしたので余裕がありました。でも、お店のブレーカーが落ち、電気が復帰しないアクシデントがありました。開始10分前にはなんとか復帰したのでよかったと思うばかりです。

201001302113000.jpg yukiさんを見ていて気づいたのですが、歌いはじめるとyukiさんはひとまわり膨らむんです。あれ、と思って何度も自分の目で確認したので間違いないと思うのですが、歌ってないときより身体が大きくなるのです。風船みたいに。空気をたくさん取り込んでいるのだ、と考えました。

 yukiさんのあり方と歌を聴いて、もうひとつ思ったことは、yukiさんのもとには私には降り注がない陽射しがあるということです。同じ国にいるのに、からっと乾いてあかるく強い陽射しを浴びている人がいることを認識しました。私のとは違う気候に触れ、自分自身の湿度を感じました。

 将来、私は透きとおるほどあかるい、光の美しい国を旅します。

なんでもない

 11時前、二の宮公園のどんぐりの木々を通る。シジュウカラの鳴き声、姿も見つける。最近はトリを見つけたい。うれしいから。3人の子どもが網を持って通りすがる。「何をつかまえるの?」と尋ねたら女の子が「トリ」だと言う。


201001231503000.jpg Twitterに夢中のオオツボさん。お客さんに勧められ勉強中だと言う。それに私にはTwitterするなと言う。警戒してるのだ。見境なくつぶやかれそうだと。そうかもしれない、でもめんどくさいからしない。それにしても今日はお客さんが来る気配がない。祖母に電話をかけた。声を聴く。元気そうだ。「店にお客さん来んげん。」とおばばにつぶやいてみた。「いつか来る日もある」と慰められる。


 動かないでいると身体が冷える。店内で太陽が差し込んでいるところ、ドアのちかくに身を寄せた。ひだまりは暖まると思ったのは15時すぎくらいだったと思う、お客さんがぽつりぽつりとやってきた。

 今日はこんな日。
タグ:業務日誌

とどめたい願望

コーヒーを飲みながら本をよむひとがいる。言葉をつづるひとがいる。
千年一日の風景

私には自分が反応したところや発見したと感じたこと、覚えておきたいこと、本の引用などを何かに書きつけておく習慣がある。

いまここにあることを「言葉」でとどめておこうとする。

なぜなら忘れてしまうことを知っているから。201001161242000.jpg
自分の質感が刻一刻と変わっていく。大切にしたいと思ったことをまた忘れるかもしれない。
うつろいゆくことを知ってしまうと、所在なくて、どうにかとどめておきたくなる。

ささやかなる抵抗。
時間もお金も言葉も人間がもつたくさん(もの)たちも、変わりゆくことを身体で感じ認識してしまった生き物のささやかなる抵抗なのかもしれない。

残すための『かたち』にしてしまった瞬間にはもうあの震動を失ってしまっているのだけど。

変わることをとどめるのに幾分の役に立たなくても、言葉に残すことで得られる幾分かの安堵感のために書いているんだな…そしてまた書く


タグ:お金 言葉 時間

季節感/アクシデント

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花を見たくなりました。
季節が身体を巡ったようです。
「花かんざし」をみずほの村市場で買いました。
今年はじめての花。花びらがカサカサしています。
手のカサカサは嫌だけど、花のカサカサした音は気分を軽くしてくれます。











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アクシデントが起こっています。
店のブレーカーが落ちるのです。
昨日は営業時間にも関わらず、2時間電気が使えませんでした。そういうときに限ってお客さんはつぎつぎやってきます。

電気屋さんに見てもらったのですが、まだなおりません。

心配だった上映会のあいだはセーフでしたが、帰る時にまた落ちました。
不安定な電気事情のもとにいます。
これも原因が分からないのですが、製氷機の近くの床が水浸しになるのも少し困ります。

寒いせいか、いろいろ不具合が目立つものですね。
私は今年、寒さに強くなりました。

自分の「生」をなぞる旅

今週末16・17日の二日間、千年一日の店内で小さな上映会を行います。

全国を旅をしてきた「サーミ・ニエイダ・ヨイク
私は一度観ました。

あの映画と私とのあいだにあるのは、言葉にするとこんな手触りの感触です。
自分はどんな「生」のかたちをしているのか。
どんなに自分の内側を探しても分からない。
自分のかたちは自身では見えないことに気づく。20091219_1407404.jpg

生命体がたくさんのピースからなる壮大なジグソーパズルだったら、そしてその小さな1ピースが自分の生命だとしたら、私は、自分に接する周囲のピースのふちをなぞることでしか、自分のかたちを知ることはできない。

自分をふちどってかたちを決めているのは、
他者の「生」のかたちでもあるから。

身近な他者の「生」の物語をなぞることは、
自分の「生」の物語の周辺をなぞることだ。

自分のルーツをたどる旅に出ると決意した主人公は、
旅先で他者の「生」に触れ、自身の震える身体と出会う。
そして帰ってくるのだ、同じ場所に。生命の震えとともに。

ひとりの「生」の震えは周囲の人たちに静かに伝わり、そして共振し合うのだと、この映画をとおして感じることができます。

時間は両日とも19:00 open 、19:30 startです。日曜の方がまだ余裕があるみたいです。ご予約フォームはこちらです。


タグ:上映会

『時間』とは、考察

こんなことを考えていた。

時間に関する2つの意識
私たちは時間に関して2つの意識を生きているのではないか。
私は、過去から直線に続く時間を生きている自分と、直線ではイメージできない、そこからはみ出たところを生きている自分がいるように感じてきた。前者を時間に関わる意識、後者を時間を喪失している意識として、区別してとらえられないだろうか。

時間に関わる意識
時間の中で生きている意識。私たちは時間を軸にした社会で生きているから、1分、1時間、24時間を想定した日常をあたりまえに生活している。私はほとんどすべての生活はこの意識で過ごしているし、今もそうだ。

時間を喪失している意識
日常の「時間」の流れを無視して存在するもう一つの意識。
時間の喪失、または不在の瞬間というのは、ふとしたときにもたらされる。夢から覚める直前、音楽、芸術、遊び、創作のなかで。「時間を忘れていた」あるいは「いつのまにか、」と人は表現する。思いがけずに遭遇したあと存在しなかったように忘れてしまうので、ほとんどの記憶をたぐり寄せることはできない。そして言語化することが非常に困難だ。言葉が生きにくい。

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最近また「時間」のことを考えていた。

時間を「喪失した」と書いたけれど、そもそも人が生まれたときに時間の意識はあっただろうか。

いま思い直して考えてみるに、こちらのほうがしっくりくる。

『時間』というものは、変わり、流れ続けるものを意識にとどめるため、人間が生きる営みに必要とした思想の軸

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タグ:時間

私の意気込みのほど

201001091623000.jpg 今日も一日おつかれさまでした。

 新年あけて9日、10日と店に出ています。それほどお客さんがきたとは思えないのに、15時ぐらいには既に身体も思考も動けなくなりかけたのは昨日の話。今日は動けました、そしてときどきとてもよい気分でした。3連休最後のあしたも、がんばる。
 
 接客していて自分の姿を自意識したとき、自分のここがよくないと思い、今度からこうしようと思い、あ・またやってると気づく。一度思ったからと言って、身体は思う通りには動かない。思考もそうだけど、自動化されている動きって思っている以上に多く、果てしない。

 お客さんからもらった「恋するみかん」は、ひとつずつ薄い紙で包装されていた。恋を甘酸っぱいと感じたことはないけれど、確かにおいしかったです。


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どうして二人は心細いのか

201001071637001.jpg あけましておめでとうございます。

 昨日、金沢の実家からつくばに戻りました。久しぶりにすっかりゆるむことができました。

 今日は、店で明日からの仕込みを手伝いました。開店前日を思い出しました。


 二人という単位が心細いと感じることってよくあることですか。私はよくあります。もう一人、親しみのある人が場に加わったときはじめて、私は生きた心地がします。おおつぼさんと二人だけで店のことを話しているときの迷宮に迷いこんだ気分も、三人になったら迷ったままでも安心できる。大丈夫になるのです。今日、エヌ本さんとスダさんの顔を見たらほっとして、そう思いました。


 焙煎室にこもったおおつぼさんの「しまったー」という声、なにかと思ったら勢いよく豆がばらまかれていました。(写真)焙煎終わっていい顔をしていたのでよかった。
ふくはーそと、ふくはーうち

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タグ:焙煎