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千年一日珈琲焙煎所は茨城県つくば市にあります。自家焙煎の珈琲豆と喫茶、けん玉、本。ときどき展示、ライブ、フィーリングカップル。生活と街角の風景。

〒305-0005 つくば市天久保3-21-3 星谷ビルF・G(行き方)tel 029-875-5092
火・水曜定休 11:00-19:00(sun18:00)

夕立とカミナリ

お店が終わったときのさみしさを
ざあっと洗い流す激しい雨とカミナリ
花火みたいだ、と光る空を見上げる。

さみしさは人間であることの基本の感情だ、とおおつぼさんは言う。
どの感情より信頼を置けるようだ。

私は分からない。
さみしいのもいろいろある。
あの人と次いつ会えるだろうって考えるとき。
もっとと欲張るとき。
理由さえわからないとき。

こんな日に、ばーっと夕立なんかきてふっと浮かび上がるような明るい気持ちになれるとうれしい。さみしさを一時忘れてるだけだとしても。

ひたひたに満ちて

ゆかりの森に行った。
七尾旅人さんのライブは素敵だった。
ひたひたと潮のように満ちるものを感じ、すべてが味方になった気がした。


知っている 
音楽が人の無邪気さを掘り起こして、
素直な幸福に落としてしまうときのことを。
笹倉慎介さんのライブも
愛する人たちを空気の手で抱き寄せたくなるような振動がある。


八月六日201007181906000.jpg
計算したら65年目にあたる日に。

焦点を結べない世界

書きたくなかった
日常に紛れて忘れておきたい
そんな感情を見つけてしまうことがある。


長志保さんの今回の写真展は、
生者と死者の視点が交叉する世界観が表現されている。
鮮やかな花の写真
焦点の定まらない浮遊感
幻想的とも美しいともいえる。
でも私は
はじめて店の前で写真のエネルギーを感じた瞬間、体が引けていた。
この感情を直視するのが嫌だった。


ある初老の男性
私はその男性に会うたび左胸が硬くなって、
正面から意識を向けることを避けていた。
正体が見えないもの、相手の奥に潜む何かにおびえた。


私が30年間、わけがわからず怖かったこと

実体があるのに
焦点の定まらない顔をもつ存在。

顔の中心をのぞきこんだら
その奥にある穴に落ちていきそうな不安を呼ぶもの。

穴って何だろうと勇気出しても分からない。
感覚を総合して言葉にしたら「むなしい」だと思う。
体の中心から力が奪われるような言葉。

もしかしたら虚無の種は外側ではなく、
自分の内側にあるのかもしれないね。
嫌だけど、たしかに知っている感覚だから。

関係性における希望


201007061541000.jpg

写真はヒロトさん

この前会ったとき、お、と思った。
ヒロトさんの一歩内側に入っていると思った。
関係が展開してるのかもしれない。

たとえば電話で「発作ですか?」と聞かれたり、
裸足でいたら「ジャスコで靴下買わなくていいんですか?」と言われる。

これまでの10年の歳月においては、
私が一方的に質問してヒロトさんがあいまいに答える、
またはヒロトさんから一方的な電話攻撃を受ける、のどちらかしかなく
かなり偏ったコミュニケーションだけを交わしていた。
だからヒロトさんから個人的な質問をされるのは画期的。
(質問の的がどうであれ)

ヒロトさんだけじゃなく世の中には「わからない」相手がたくさんいる。
何を考えているのか分からない、ってとこで互いに出会って、
今後も思考の方向性が交わるような見込みがなさそうな他者。

分かり合えるとは到底思えない相手の気配を感じたとき、自分の内側に緊張が生じる。
「見知らぬ存在」をまず警戒するような動物的反応を備えているのかもしれない。

私の場合、強い好奇心に押されるように相手に近づくか、緊張によって萎縮するか、どちらかだけど相手のまなざしから疎外感を感じた途端、自分を固く閉ざす傾向がある。
分からないものを分からないままにして置くのは案外難しく、つい安易に価値がないものとして見下したくなる誘惑もある。


私にとってわからないものはわからないまま、おもしろがってつき合える関係性は希望だ。