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千年一日珈琲焙煎所は茨城県つくば市にあります。自家焙煎の珈琲豆と喫茶、けん玉、本。ときどき展示、ライブ、フィーリングカップル。生活と街角の風景。

〒305-0005 つくば市天久保3-21-3 星谷ビルF・G(行き方)tel 029-875-5092
火・水曜定休 11:00-19:00(sun18:00)

女の事情を秘めた音楽 mama!milk

あれからどれくらい経つのかな。
植田くんからライブの話が出たとき、いよいよ千年一日でやるんだ、と思った。

mama!milkのライブを初めて観たときのことを思い出した。
東京のレストランだった。
場を飲みこむ圧巻の演奏。
情感を漂わせながらも突き放さざるをえない、事情を秘めた音楽だと思った。

あのとき、一人で来ていた女の子と相席になって、一筋縄ではいかない恋の話を聞いた。
二十歳は過ぎて二十五に届かないその子は「こういう女のひとになりたい」と言った。

あのとき、ある女性シンガーも同じ客席にいた。テレビではぼわっとやわらかい印象に見えるので、ここにいることがなんとなく意外だった。でもたしかに、ある種のかたくなさを潜ませている人だという気がした。

mama!milkの音楽には、縁を生き抜く強い姿勢があります。
よかったら金曜の夜のひとときをmama!milkの演奏でお過ごしください。

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natunatunaさんのこのイラスト、よく出てる。予約詳細はこちら


3月イベントスケジュール

 千年一日珈琲焙煎所の過去のとこれからのイベント情報は、ホームページのここでも確認できます。

2012/03/02(金)live  mama!milk 第一夜『夢と記憶、旅のはじまり』
          19時開場/20時開演 予約2800yen/当日3000yen 
        生駒祐子(アコーディオン)、清水恒輔(コントラバス)のユニット
          PEOPLE企画 詳細・申し込みはこちら
            
   
2012/03/08(木)~19(月)古山菜摘 個展 『こんな場所から海は見えなかった』
千年一日で2回目の個展。この一年間の古山さんの動揺、戸惑い、選択、覚悟、それらの経験がどのように滲み出す展示になるか、個人的にも楽しみにしています。

2012/03/17(土)live 寺尾紗穂『あのドアの向こう側』
           18時開場/19時開演 前売り2600yen/当日3000yen
  

2012/03/09(金)読書会『「原発」国民投票』今井一 著(集英社文庫)
            20時~22時くらいまで 参加費無料 定員8名ほど
参加者は各自、課題の本を読んできて、当日レジュメに沿って内容を確認しながら感想や意見を出し合います。今回は私がレジュメをまとめています。余裕のある人の副読本は「一般意志2.0 ルソー、フロイト、グーグル 」東 浩紀  今回のテーマは「みんなのことをみんなで決めるには?」未来や命に関する重大なことについて、誰が、どのような形で決めていくのが最良かを考えていきます。


2012/03/13(火)読書会『戦時下抵抗の研究(1)キリスト教・自由主義者の場合』
           20時~22時くらいまで 参加費無料(1ドリンク注文)
毎月第2火曜日の夜に行う予定で、1章ずつ読み進めていきます。大坪さんが育んでいる41年目の反抗期に選ばれた本(2月20日付けの大坪ブログ参照)。

2012/03/18(日)Quatuor Ivrogne Live『呑兵衛弦楽四重奏団演奏会』
           17時半開場/18時開演 木戸銭500yen(飲み物付)
           定員30名(予約制)お問合せ quatuor.ivrogne@gmail.com

2012/3/27(月)須田帆布「しょぼくれじじいじゃあ、いられねー うたとおはなし」
           19:30から 参加費無料(要予約 限定15名)トークテーマ『  』
今年のトークテーマが『夢』『お金』と続いて、11回目のテーマは・・・


2月は、目の前に次々と迫ってくる出来事の色が濃くて、その濃密さのなかで私には「いま」といまのちょっと先しかなかった。3月も、おそらく「いま」の前で精一杯。過去にならない余韻をときどき思い出すのかな。きっとそうして気づくと桜の花を迎える、いちごの香りに包まれる。春楽しみ。
タグ:イベント

味噌作り覚書(2012.2.22版)

大豆20キロ、糀20キロ、塩9キロを使って80キロの味噌を作りました。初体験です。
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前日やったこと:豆の3倍分の水で浸しておく。

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当日7時半すぎ:薪で火を起こし大豆をゆではじめる。

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薪割り:斧の大きさに合わせて薪を選ばないと苦労する。
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煮ている間は薪をくべて火力の調整

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10時半ごろ:糀に塩を切る。切るとは細かくほぐして塩を混ぜること。
今回の味噌作りパートナー10名(こども2人)

201202220801001.jpg2012-02-23T07-01-17-69b7a.jpg←before
after→
ぼこっぼこっと煮えたつ鍋は地獄の釜のようで、湯気に顔を入れると天国が見える。火のあたたかさと大豆の香りに包まれる:個人的にはこの日一番の盛りあがりどこ


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柔らかくなった大豆を臼で潰す:この日一番の重労働。

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大豆が冷えたら糀を加えてさらに混ぜる。冷ました煮汁を混ぜ固さを調整:根気よく

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パンパンと空気を抜いたみそ玉を消毒した樽に投げ入れる:うっかり間違えると樽外に落とす。樽に入れたあとは、味噌が空気に触れないようにラップと塩でガード。

これで本日の作業は完成(のはずだった、詳細はぶく。)


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13時半:話をする。おおいなる空腹感。「森の家」のそばを食べる。
14時半:お開き。次は夏の「天地返し」で会いましょう、となる。
17時すぎ:残業および片付け終了

きょうのひとこと

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豆はかわいい…

タグ:味噌作り

にゃん・にゃん・わん記念日

あすは2月21日の記念日。

千年一日珈琲焙煎所がオープンしてから3年を迎えようとしています。
オープン前夜はおおつぼさんと二人、ほとんど徹夜で準備にかかっていて、翌朝までにほんとうに間に合うのか不安で仕方ありませんでした。もう二度とあのような切迫感は味わいたくないのですが、今でも少し長く休みをとった後の営業前日と当日はギリギリの準備状態に追われ、私は少し具合が悪くなります。4年目こそ、余裕をもって準備していきましょうね。

あすはまた、おおつぼしげとさんの41歳の誕生日です。
おおつぼさんの誕生日は「にゃん・にゃん・わん(2・2・1)」と私に刷り込まれています。これは以前、誕生日を何回か間違えて(おそらく悲しませて)しまうことがあり、おおつぼさんがあみだした呪文的暗記法です。(←訂正「僕が教えた」ことらしい)いまはもう大丈夫ですけど。


お店は明日、あさってと通常営業はお休みですが、
2月22日(水)は特別に「味噌作り」のイベントをやります。
当日は外で火をおこして豆をゆで、臼と杵で豆を潰すのです。きっと力を合わせなくては。
明日はおおつぼさんとつくばの北条まで、頼んでおいた米こうじを取りにいき、大豆を水に浸して準備をします。詳細はこちら

そうそう、まだ大豆に余裕があるので、参加したい方がいらしたら火曜のお昼くらいまでにふたば自給農園さんまで、連絡ください。自分ちだけでは食べきれないときは「自家製味噌です」と兄弟やお友達に少しずつおすそ分けしたらきっと喜ばれると思います。一期一会の味噌の味を。



ふたば自給農園(佐藤)
 お電話 0299-42-3771
      (日中不在のことが多いため留守番電話へご連絡先を) 
 メール yurifutaba@y7.dion.ne.jp
      (お名前、ご連絡先、ご希望のキロ数、容器の要・不要)


トッテ分解インタビュー

 本日よりトッテ展 "something for holiday"が始まりました。そこでトッテの3人にそれぞれ質問状を送って、個別にお答えしていただきました。

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左から、中村友貴、和田彩、福田藍

Q1.トッテ3人のそれぞれの役割についておしえてください。主観でかまいません。

中村友貴自分:身体 福田:本能 和田:理性 」

和田彩はトッテを客観的にみる係です。たぶん。二人に出会うまで、全く別の価値観の中にいたので、一歩引いて見られるのかもしれません。中村君はトッテの創始者ですが、リーダーという感じはあんまりしません笑。でも中村君がいないとなんだか締まらず、よし、やるか!みたいに発進できません。トッテの原動力だと思います。藍ちゃんは、私と中村君の癒しです。作業がどんなに追い込まれていても、藍ちゃんはイライラしたり人に八つ当たりをしません。私と中村君はメンタルが強くないので、おおらかな藍ちゃんに助けられています。行き詰まっていても、藍ちゃんの一言で脱却したりすることもしばしばです。トッテの影のまとめ役です。」

福田藍自分:誌面では主に構成をしています。2人を驚かせることが多い気がします…。中村くん:トッテの編集人。企画を思いついたり、みんなを盛り上げてくれます。和田彩:挿絵や文字を書きます。3人のあいだに落ち着いた雰囲気を持ち込んでくれます。」


Q2. ものづくり又は表現の場において、普段から感じている他のメンバーの「力」についておしえてください。

中村福田:勘が良いです。良い意味で野性的で自由な感覚を持ってます。なかなか無い。トッテ内では、福田のお陰で良いバランスが保てる気がします。和田:なんといっても絵が…絵というより線とか形とかが…魅力的です。有無を言わせぬ強さがあります。たまになんか言うけど笑 強いって大事。」

和田中村君は具体的なヴィジョンがしっかりあるひとです。だからこそ人を周りのひとを動かす、つながる力がある。藍ちゃんはモノでみせる力があります。まっさらな感覚が作品にも素直にでていて、自分にはないセンスをもっています。」

福田中村くん:ものから色々なものを感受するセンスがユニークだと思います。ものをみる力があるなぁと思います。和田彩:和田彩からす らすらと線がでてきて、それを見てるのがいつもおもしろい。和田彩の絵は、おっ…はっ…あっ…!という閃きがあって、魅力的です。」


Q3. 中村くんへの質問ものづくりや表現をとおしての自分の使命(感)のようなものはありますか?使命(感)という言葉が強すぎるなら、自分の役割でもかまいません。

中村 「 ものづくりや表現のハナシじゃないかもしれないけど…自分が面白いと思っているものをぼくのフィルターを通して「コレいいでしょ!?」って言うこと。そっからなんかが動けば良い。人とか街とか。」

 つくばの街なかで自転車に乗る中村くんを偶然見かけたことがあって、通り過ぎていく一瞬の間に飛び込んできた楽しげな姿が印象的でした。中村くんの鼻歌が車中の私のところまで聴こえてきそうで、今朝はラッキー、と思ったことを覚えています。鹿児島生まれの中村くんは、好きなラーメンの味を口の中だけで再生できる能力の持ち主で、ラップも歌うらしいですが、私が最もひきつけられるのは「乙女」なところです。(「乙女」というのは乙女ちっくというのとは区別されるもので(乙女ちっくというのは乙女に対する憧れの情だから)性別問わず、本人が好むか好まざるかに関わらず存在してしまうたましいの性質。)私はそれに属していないので、魅力です。


Q3. 和田さんへの質問:私が見たこれまでの和田さんの作品には共通して、知性の存在を感じます。ユーモアたっぷりのイラストに親しみを感じながらも、全体の印象としてはかわいていて簡単に人を寄せつけない。一見やわらかな太い曲線に見えても、その奥にはなにかしらの決意が、とがった芯のかたさであらわれている気がします。そこで質問なんですが、自分が表現するものに対して、これだけはおかさないようにと自分の心に決めているようなことはありますか?

和田 「 『下書きをしないこと』です。私の場合、清書しても下書きの方が良い線だったりすることがほとんどです。一度書いてしまった線を信じすぎているところもありますが、たいてい最初に描いた線が一番いいとおもっています。調子が悪い時は、書道のように何回も同じ絵を描き直します。(でもたいてい一番最初の絵の線がいい) 」

Q3. 福田さんへの質問 :福田さんの手がける布の作品は、布をつないだり、ふちどったり、そのどちらでもない糸の使い方が絶妙で興味深く、みていてあきません。この縫い糸のはじまりと終わりはどのように決められているんだろうと不思議でした。そこで聞いてみたいことは、作品をつくる際、一つの針を入れる瞬間からその糸を切り終えるまでの時間、福田さんはどんな意識で手を動かしていますか?

福田 「 ミシンでも手縫いでもそれぞれにリズムがあって、そのリズムを楽しんでいる感じはあると思います。縫い始めるとひたすら針の動きに夢中で、手を動かしています。」

 福田さんの作品を観ていると私も楽しくなります。布に縫いこまれたそれぞれのリズムが重なりあって周囲の空気を振動させるかもしれないですね。

(おわり)


群を抜いての生活感

なんとなく昨日書いた南くんのところが中途半端なままで気持ち悪くなったので、最後まで書きます。

 南秀明 “Diversion archetype”

 南くんの卒展の作品は、よそで起きている出来事ではなく、自分の家の出来事でした。
はしごのようなもの、の転用例として組み合わせて作られたシンプルな家具を見ながら、私は自分の家の脱衣所のことを考えていたのです。これ自分ちで使うならあそこ、風呂場の横に脱いだ服とかかけるやつに使えるかな、って、自分の日常で起きているちょっとした不便の解消に思いが行っていたのです。“群を抜いての生活感”と表現したのはこのような理由からです。南くん本人と顔見知りであることを差し引いても、その作品の存在感は私の日常生活の感覚レベルと共鳴し合うものでした。「非日常」を持ち込まない静かな潔さを感じました。


 この展示を見たあとに、毎日くりかえされる生活のなかで、ちょっとした不便や不都合が気になったとき “いま、とりあえず” の感覚で使うモノについて考えました。意識と無意識とのあいだくらいの思いつきで、ほとんど成りゆきで、今さしあたっての目的を果たすために身近にあるものを転用します。人によって美に対する感度は異なりますが(おおつぼさんが気になることが私には気づかないことが多々ある)人は美しさ、調和との関係も考えます。単なる工夫とデザインであることとの違いは、環境との関係をはかる第三者的な観点があるかないか、なのかなと思いました。正直、私は芸術やデザインの区分がよくわかっていないのですが、自分にとっての必然が、他者にとってもまた必然として感じとれる、というところにデザインというものがあるような気がしました。


南くんというひとについての私の印象は、
ときどき手にとってまたそっと本棚に戻す類の、細かなざらつきの質感と静かなあたたかさの気配がある書物みたいなひとだと思ったことがあります。
タグ:卒展

届きますように

「卒展、どうだった?」
 つくば美術館でやっていた筑波大の芸術専門学群の卒業制作展を見に行ったので、おおつぼさんから感想を聞かれた。結局おおつぼさんは先週のバタバタで行けずじまいだった。南秀明くんの作品のことを聞かれ、私は言葉を見つける少しの間のあと「群を抜いての 生活感」と答えた。

「いい意味でってことだよね?」
 生活感、という言葉のどっかに悪い意味が?と私に思いつく余地がなかったのだけど、おおつぼさんに言われてネガティブな評価として使われることがあるのかと気づいた。「じゃあ南くんに言っとくわ。」と言われて、え、と思ってあわてて、そのままだと誤解されるかもしれないから、と言ったのだけど、おおつぼさんは言いそうで、別の機会にちゃんと伝えなくちゃと思った。


 感想を相手に伝えたいと思ったけど方法わからないしなと言っていたら、おおつぼさんがブログに書いたらツイッターでこの記事のことつぶやいておくよって提案してくれた。本人に届くかは分からないけど書いてみます。

 他の作品で胸が打たれたのは、小野未宇さんの“ひかりの庭”という写真。
私のおばあちゃん子体質も関係しているのかもしれません。おばあちゃんの背中の写真パネルを見たときからぐっと引きこまれ写真集を手にとりました。ぎうと胸が反応してしまう、無防備で愛ある写真でした。小野さんのごく個人的な関係性を写しだしているにも関わらず、私の個人的な関係性への感情も喚起させられ、しばらく動けませんでした。これまで自分を育んでくれた環境や存在に対する返信、あるいは贈りものを、卒展という節目に作品として出す素直な感覚もいいなと思いました。


 もうひとつは、内藤遥さんのpaper∞IV
つるされた作品を見てから、説明文のほうに目をやったときに「折る」という漢字が「祈る」に見えたのです。よく見たら見間違えだと気づいたのですが、作品の構成を説明するための途中段階の展示もあり、内藤さんが折ったそのひとつの折り目を見たとき、やっぱり間違ってないかもしれない、と思い直しました。折るという姿勢に祈るということが重なっているように感じられました。

タグ:卒展

ガンジー、そして原発

昨夜の読書会は「ガンジーの危険な平和憲法案」ダグラス・ラミス

本の内容は、
どうしてインドは非暴力主義者による非暴力の独立運動のあとに、暴力を認める憲法を作ったのか。ガンジーはそこで何を考えていたのか。

レジュメをまとめてくれた加藤さんは、ガンジーのは「平和憲法案」ではなく「国家解体案」だと言いました。確かに。でもガンジーの憲法案の内容は、とても素朴でトゲが全くないんですね。私にとっては魅力的な憲法案でした。

この本を読んで、そして先日のヴィパッサナーの体験と重ねて考えたことは、
あらゆる「暴力」に対して、私たちはどのように向き合うのだろうか。ということ。

目には目を、暴力には暴力を、の心理は理解しやすい。
自分を被害者だと認めた途端、加害者をやっつけたくなる。
被った被害が大きければ、その分大きな制裁を加えたくなるし
それが正当化される、と信じている。

ガンジーはそうではない。
正当化される暴力はない、と信じている。
そしてガンジーはどんな目にあっても自分を被害者にしない。
自分の力が及ばなかった、と理解する。
暴力に対し「非協力」を貫くということをする。
それは「暴力の正当性を溶かす。あるいは食べる。」ということらしい。
わかりやすく言えば、暴力のルールにのらないことで、相手の正当性をなくしてしまうこと。

私は「非協力」によって暴力の正当性を溶かすような態度について考え始めている。
たとえば、原発に対する自分のあり方。
原発は人のいのちをないがしろにしているから私には暴力に見える。
原発、という暴力の正当性を溶かしたいと私は望んでいる。


31GQc+wa3ML._SS400_.jpg3.11から1年が経つ来月の読書会は
「『原発』国民投票」(集英社新書)今井一

余裕がある人の副読本は
「一般意志2.0 ルソー、フロイト、グーグル」(単行本)東浩紀

国民投票に賛成、反対、懐疑的、どの立場であれ、みんなのことをどうやってみんなで決めていくか、について考えます。

著書の今井さんは、環境が変わり人が学ぶようになれば賢い選択をする、と信じている人。
もちろん、盲目的に信じているのではなく、今井さんの体験のなかに人間性を信じられる実際の根拠があるから。一度講演会でお会いして、体験に基づいた強い信念と覚悟を持たれている方だと感じました。

読書会は来月、3月9日(金)20時から
大きなテーブルひとつを囲むので、大体8名くらいが定員です。参加を希望する方は一声お知らせいただくと助かります。


タグ:読書会

下界からお知らせ

修行から帰ってきて、再び営業再開しています。
メニューも少し変更して、カレーも復活しました。

明日の読書会のおしらせ。
2月10日(金)読書会「ガンジーの危険な平和憲法案」C.ダグラス.ラミス(集英社新書)              20時ヨリ、8名定員、参加費フリー


そして週末のおしらせ。訂正版
2月12日(日)はワークショップをやっているため、席数が少ないですが通常営業しています。



千年一日ではないんですが、注目のイベントが12日にあります。
大野更紗さんの講演会がイーアスつくばで開かれます。
「困っているひと」からのはなし
主催はNPO法人サラダボール
私が以前働いていた障害者の当事者団体で、いい企画をしてくれています。
お時間と興味のある方はご覧になってみてください。