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千年一日珈琲焙煎所は茨城県つくば市にあります。自家焙煎の珈琲豆と喫茶、けん玉、本。ときどき展示、ライブ、フィーリングカップル。生活と街角の風景。

〒305-0005 つくば市天久保3-21-3 星谷ビルF・G(行き方)tel 029-875-5092
火・水曜定休 11:00-19:00(sun18:00)

情けない

 つくばを離れるとき、わたしはおおつぼさんに非常にお世話になったことを、ここに書かねばなりません。駅まで送ってもらった直後にわたしは、携帯電話を忘れた!と慌てました。公衆電話にかけこんでみたけれど、おおつぼさんの番号が思い出せません。まん中の4桁がどうしても出てこなくて、自分の能力のなさに頭がぼうっとしました。とりあえず家族に金沢の到着時刻が遅れることを伝えるために、なけなしの小銭20円を投入しました。驚くことに電話に出たのは、父でも妹でもなく、耳が遠いばあちゃんで「誰や?」「いっこ(私)や」「えっ誰や?」を繰りかえし、やっと「ああ、いっこちゃん。」と通じたとたんに電話が切れてしまい、何やってるんだろうと途方にくれました。

 自宅に携帯電話を取りに行く、と心の方向を定め、ロッカーに荷物を預けて歩き出しました。これからの40分の道のりを思うと気は遠く、みじめさを感じ入りました。しばらくすると、なんでこんなことでみじめになるのか、と疑問に思いました。すると今度は、らくがしたいと心の底で思っているからだ、と情けなくなりました。情けなさをかみしめてしばらく歩くと、わたしは世の中の主流を歩んでない、と思いが巡り、だから能率やお金や名声とは別の道だ、と幾分すっきりした気持ちになって、気づいたら家の近くまできていました。そのころには、そうだ、わたしは成功者になりたい、と勇み足でした。

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 家に着いたらあると思っていた携帯電話が見つからなくて、なんで と頭がぼぉとなりました。駅のロッカーに入れたきた荷物にやっぱり入っとったんかーと気づくやいなや、がっくりしました。家の電話からおおつぼさんにSOSを出したら、とりあえず来てくれると言いました。駅まで再び送ってもらっている車内で、おおつぼさんに「情けないか?」と聞かれ、そのとおりなので「穴があったら入りたい おおつぼさんと」と同意したら「僕と一緒に入ると穴が深くなるよ、穴だらけだよ、もぐらたたきだよ。」と言うので笑いました。

 追記:今晩、おおつぼさんに電話したら別の用件だったんだけど「かたじけないか?」と聞かれました。そのほうがいい気がして「かたじけない」と答えました。

東京の白い空間

10月29日(火)の日記:
 千年一日は東京に出店してきます。失敗から偶然生まれたブレンドコーヒー(「これ間違えて他の豆混ぜちゃった」という珈琲を試飲してみたら、おいしいね、と発見)とけん玉を売るそうです。『音と布、光と料理のサーカス』という変わったライブがあり、そこに店を出すそうです。夏の黄昏バーのときに演奏してくれた大穂さん(CINEMA dub MONKS)に会えるのは楽しみです。ほかは未知。

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会場限定「CINEMA dub MONKSブレンド」


追記:10月31日(木)
 三夜連続のイベントの、第一日目の夜 " 影絵の日 "を観てきました。
扉をあけると、会場のセットにわぁと感じました。白い布におおわれた空間、そのまんなかに寄せられた灯り。ここは地上の東京から身を潜めることができる避難所みたいだった。東京の街に充満するトゲがほとんど消されていた。スズキタカユキさんの布づかい、というより、布あやつりは、布ってこんな力があるんだ、って思わせる技だった。ガンジーさんと大穂さんが演奏をはじめると、どこであってもそこが外国に変わる。ここにいて外国を感じられて自由だったことを思い出す。

とても心意気のあるイベントでした。
今夜10月31日(木)は最終日で、 "suzuki takayuki の日"
1部が音楽と即興裁縫で、2部はエキシビジョンショー+音楽 
立見であれば当日券も若干だしているそうです()。

PEOPLEの植田くんは今日も南青山の会場に行っています。明日に生かすから、とライブの率直な感想を大穂さんに求められ、答えている植田くんを隣で見て、信頼されているんだなと感じました。

しょぼくれじじい来たる

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 10月29日、今宵は“しょぼくれじじいじゃあいれれねー”の集まりがありました。

 千年一日で開かれるのは久しぶりの、引っ越してからははじめての、しょぼくれ。
須田さん(須田帆布)がその場にいて、聞いて、話して、最後に一曲須田さんが歌うというスタイルで、毎月1回開かれています。震災後に千年一日ではじまったこの企画は、20回まで引っ越す前のお店で。その後、21回目の開催地に草の根はりきゅう院、そしてつくばのお店(前回は守谷)を点々と巡回するようなかたちで続いてきたのです。ほとんど毎回参加しているひともいれば、たまにのひともいれば、新しいひともいる。手土産や飲みものとともに、みんなの声を聞く。自分が話したあと、須田さん夫婦にうなづかれると、なんかあたたかい感じがします。数えると今月でちょうど30回になるそうです。こういう「場」に参加して帰ってくると、「個」としての自分の輪郭に気がつきます。むしろ帰ってからのほうが、そうかあ、と思います。

 来月はつくば市天久保のpoco.a.pocoが会場です。

つくば、台風がまたいで

 台風がまたいでいった土曜日。

 わたしは、みずほの村市場(農産物直売所)で行われたまつりの手伝いをしていました。消費者モニターというのになっているので声がかかるのです。わたしは農業をやってる人の空気感が好きです。おおらかさと諦念がにじむ、その表情にわたしは開いていられるのです。言葉がなくても一緒にいて何かやることが新鮮で楽しい。今日わたしは、一日中炭火で焼きおにぎりを焼いていました。

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牛の丸焼きの仕込み。
男のひとたちが一生懸命、肉に鉄の棒を打ち込んでいく姿がかっこ良かった。

 昨夜は東京までライブを観にでかけました。夜出かけるのは苦手だけど、今回ばかりは行かずにはいられないという感じでした。「七針」で七尾旅人さんが演ると聞いたから。あの場所で旅人さんを観たいと思いました。目を閉じて、音が触れてくる感触をからだで感じると、いろいろな場所に行けました。想定外の音に、竜巻に飛ばされるような身の不安を感じて、必死で自分を見失わないようにしがみつくこともありました。でも次、もし同じようなことがあったら、今度はしがみつかないでそのままに行ってみよう、自分を見失ってもかまわない、と心に決めました。

 実家のばあちゃんが退院する日だったので、父親に電話して様子をうかがうと、一緒にごはんを食べている最中でした。食卓のある二階に自分で上がれて、トイレも簡易トイレで大も小もやっているとのこと。とりあえずホッとしました。当のばあちゃんが電話口にでてきて「ゆみちゃん(妹)がおいしいものを作ってくれて、やっぱり家はいいわあ」と言うので、わたしはでっかい声で「よかったね」と返すと、食べ物をモグモグしながら「おまえも風邪をひかんように」と言うのでした。月末に様子を見に行ってきます。

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 おおつぼさん(店主)のけん玉ブームの火付け役は、笹倉慎介さんだったと記憶しています。笹倉さんはギターとけん玉を持ちかえ、慣れた手つきでおさめました。次に会うまでに上手くなっておく、とおおつぼさんは出かけるときにけん玉を携帯するようになりました。わたしは、いっときの熱だろうなと横目で見ていました。全然上手くなかったし、上手くなるまで時間がかかりそうだと思いました。

 kichen Soyaのアニキや handpoint. のいしいさんらが決める技ができない悔しさがあったかどうか知りませんが、同志の存在がけん玉熱を加速させたようでした。「けん玉を買いに行く」とおおつぼさんに秋葉原に誘われ、膨大なフィギュアやアイドルに目をくらませながら、けん玉を買いにつきあいました。わたしは、そのとき初めて競技用けん玉という商品に触れ、それを作っている職人がいることを知りました。

 いくつか試した結果、やっぱりこれがいい、とおおつぼさんが選んだのは「大空」。
山形工房のもので、玉が気持ちよく入ると言います。千年一日でも取り扱いを始め、反応は上々です。あまり見たことなかったけど、白いけん玉、美しい。

 数ヶ月たって、おおつぼさん(40代)は確かに上達しました。若い身体ならもっと上達が早いのかもしれない。言いわけのようなことを言いながら、悔しがるおおつぼさんはおもしろいと思います。最近けん玉をはじめてぬけぬけと上達した方がいらしたら、見せに行ってみてくださいね。

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けん玉大会も開催


 追記:店主、おおつぼさんは2014年4月27日、けん玉検定2級を取りました。

ちょん、ちょん、ちょん

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つくばに帰ってきました。
金沢にも“帰っていた”とわたしは言います。
どちらの空気に触れたときにも、戻ってきたと感じます。
つくば駅におおつぼさんと猫が迎えにきてくれて、うれしく思いました。
おおつぼさんはけん玉が上手くなっていました。ちょん、ちょん、ちょんと玉が座っていました。千年一日珈琲焙煎所は、わたしの知らぬ間にも動き続け、渦巻いています。

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11月3日にけん玉大会をやる!とのこと。

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“来る11月3日(祝)15時半より、千年一日珈琲焙煎所にて、けん玉大会を開催いたします。参加費は500円(ワンドリンク付き)、優勝者には素敵なけん玉グッズが当たります。もしかしたら、けん玉のすごい人が凄技を披露してくれるかも!”

偽物の乳

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おばちゃん(私)とおしっこタイム


 ばあちゃんの入院から2週間ほど経とうとしています。仕事で弟たちは帰ったけれど、妹とわたしは実家で過ごしています。妹が子供を連れてきていて、家の中では赤ん坊が中心を占めています。泣いたら誰かが抱っこしにかけより、あやしたりおしめを替えたりします。お風呂にも交代でいれていて、わたしの番のときにそっとわたしのお乳をあげてみたら、しぶい顔をされました。その顔がおもしろかったので、妹をお風呂に呼びつけ、見とってや、と見せたら「違いがわかるんやね。」と妹は言いました。妹とわたしは、2つ年が離れているけど、街を歩けば双子かと声をかけられる始末。さすがに赤ん坊は本物を見分けます。

 なんだかんだ実家生活エンジョイしてます。14日にはいったんつくばに戻ります。

きょうのおばば

 父から「ばあさんが緊急入院した」とメールが入り、翌日には手術に踏み切る決断を、という事態になって、もはやこれまでか、と誰もが思いました。

 わたしだけでなく、妹や弟らが金沢に緊急集結し、手術直前の病室はにわかなお別れモードに包まれました。10月10日で101歳になる身、おなかを切る手術に耐えられるかという山場でした。本人も「死ぬがかもしれん」と言い、わたしも「そうなったときはじいちゃんによろしく」と伝えたら「そやな」と頷きました。そういう事態であっても「おまえも(おなかに子が)おるがか?」とわたしに尋ねることは忘れず、否定しても「おるが?」ともう一回聞き直し「そうかあ」と納得しきれない様子。8月に生まれた妹の子を「おいこら〜、ちょぼぉ」と呼び、ひ孫の存在を愛でる気持ちが転じて、わたしのおなかにも期待しているのです。

 まあそれは良いとして、今日死んでも悔いが残らんようにと機転をきかして、仲良かった人に伝えておくことあるかとそれとなく聞いていたら「特にない」と声を大きくして言い、「生きて帰るかもわからんがに」と不本意そうな顔をし始めました。看護師さんらにも「できたらもういっぺん家に帰りたい」と話し、生への意志も強くあることがわかりました。

 手術室まで寝台に乗せられ転がされていくのを、家族が後ろからついていくという光景が、まるで骨を焼くところへと見送っているように見えました。実際は生きるための手術なんだけど、年をとっているという現実(=リスク)のほうが生々しく横たわっているのです。あとはいのちの強度の問題で、それは自然の領分なので人間にはどうしようもありません。祈るか待つか、祈って待つか。
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術後の回復力はさすが
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「今日は何食べた?おばばは重湯とスープとジュースとヨーグルト」

 手術の結果は「もう」ではなく「まだ」のほうでした。まだ生きていました。全身麻酔から戻ってきました。驚いたことに翌日から意識もはっきりして「おいこら〜ちょぼぉ」が再び聞けました。
 
 退院して家に帰れるように、父を先頭に準備を進めています。わたしもせっかくだから最後までつきあいたいと思っています。しばらくのあいだ、つくばと金沢を往復しながら暮らそうと思っています。