So-net無料ブログ作成
検索選択

千年一日珈琲焙煎所は茨城県つくば市にあります。自家焙煎の珈琲豆と喫茶、けん玉、本。ときどき展示、ライブ、フィーリングカップル。生活と街角の風景。

〒305-0005 つくば市天久保3-21-3 星谷ビルF・G(行き方)tel 029-875-5092
火・水曜定休 11:00-19:00(sun18:00)

のぞき

FullSizeRender.jpg
わたしの部屋をのぞくばあちゃん

2週間ぶりのばあちゃんはほやほやの顔で横になっていました。とんとんとして「まだ生きとったねえ。」と声をかけると「あらいっこちゃんよく来たね。」と言い「ほぉや、生きとったわ。」と答えました。

実家に帰ったときは、祖母の部屋のとなりを使っています。一日なんどか、ふすまがサーーと開いて、にょっとばあちゃんが顔をのぞかせます。「ごはんまだか?」というのが用事で、まだやと答えると「行くとき呼んでたいね。」と顔をひっこめていきます。

IMG_0070.JPG
食後に里芋の皮むきを頼みました。

どまんなかの一皿

IMG_5138.jpg

 野菜を盛り付けるワークショップで、初冬の野菜(本橋さんのどまんなか野菜)を生けてきました。千年一日珈琲焙煎所のとなりのとなりのmanufact jamさんの企画です。藤間夕香さんから初冬の一皿というお題をもらい、わたしはここにあるもの全部食べたいという欲求ははっきりしてたけど、それ以外は戸惑っていたので藤間さんとお話したり、ほかの人の切ったものを一切れずつ食べたりしていました。

 みなさんからのおすそ分けをひととおり食べて、全部食べたい欲求が満たされたら、この野菜使いたいっていうのがはっきりしてきて、切り始めることができました。でっかい皿に素材がどーんとあって、みんながおいしいってつまめるような一皿になりました。畑からのちからを、お皿にのせて、みんなで愉しく分け合えたらしあわせな時間になると思いました。

ノブスという技法

IMG_0018-1.JPG
ノブス

 お店にノブスがあります。ふたりで遊ぶゲームです。おおつぼさんや仲間たちがときどき打ち合っている姿をみます。あまり興味はなかったけど、最近やってみると、ああこれは地球の法則を感じるものなんだなと思いました。的にたいして、自分の身体を使って、愛のギフトを贈る方法も学べるかもしれないとなんとなく思いました。単純なのに思いどおりにいかない、と思ったら素敵な偶然がおきたりね。

滑稽なふたり

IMG_0023.JPG

昨日のふたりのあいだに
言葉はなんの役にも立っていなかった。ただ音として互いのあいだを行き交うだけだった。
わたしは通訳のために第3者としてふたりの間にいたのだけれど
すれ違う親子の会話に通訳は意味をなさなかった。
言葉は意味を持たず、会話はすれ違うばかりだった。
通じ合えないことの嘆きがあり、わたしも困りながら、同時に
ふたりをつなぐものが確かにそこに現れていることが可笑しかった。
大切なことばは、言葉より先に流れているのだから
通訳なんていらないのだし、会話なんていらないのだった。
根底に流れる水脈を確認するためにふたりは会っていたのだから。

つくばで、いばらきで、あのときも、いまも。
あの地で再び出会ってきたものは、懐かしくて滑稽なふたりだった。

IMG_0014.JPG

窓辺でつるされた果物が揺れて、夕暮れどきに幸福をみた。
わたしたちをつなぐささやかな架け橋みたいだった。

せつなの季節

IMG_0003.JPG
おばば写っとるか?iphone初撮り

 10月の終わりから、金沢と西日本、京都、ふたたび金沢、つくばに帰ってきました。家族との生活、旅、子どもの瞑想コースを体験して過ごしていました。ばあちゃんは痰がからむようですが食欲もあり元気かと聞かれたら元気だとわたしは答えています。元気ってどういうことかはっきりわからんけれど、気力が充実していることが元気ってことだろうと思います。

 つくばでは紅葉を見上げ、落ち葉を踏みしめ、散歩が楽しい季節です。ばあちゃんと過ごせる時間の有限さや小さい子どもの日に日に変わっていく伸びやかな生を目の当たりにする今日この頃は、とりかえすことができない時間を感じながら過ごしています。毎年季節は巡ってきたとしても、2014年の秋は一度きりなんだなと。

 人は生まれて老いていく道にあともどりはなく一方通行に変化していく。誰かを好きになって、何かを好きになって、でも一緒にいられる時間は限られていて、好きなことができる時間は限られていて、それを知ったとき「せつない」と思う。せつなは、わたしにできるかぎり「今」にこころ開いて「今」を貪欲にという重しをかける。この重しはわたしにとって貴重なものだと思う。「今」に最大の比重をかけてここにあるものを感じたいと思わせてくれる。ひかりも、せつなさも、痛みも、美しさも、この世界で感じることすべてに開いていたいと。今はまだここにいられる、一緒にいられるのだからと。